FC2ブログ
2018年09月 / 08月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫10月

2018'08.27 (Mon)

牧師先生のお休み

クリスチャンとして毎週日曜日に教会に行く事は、
私にとっては義務というより、必要不可欠な事になっています。

先生の説教を聞き、心静かに自分と向き合い、
祈りと共に1週間の歩みをスタートできることは、
とても大切で幸いなことなのです。
でも、欠席することも多々あります。
ゴルフに行ったり、お友達との約束だったり、
日曜日にやりたい事もたくさんあるからです。
それに体調の悪い時だってありますし。
礼拝への出欠は全くの自由意思で、欠席が続いても、
体調が悪いのな、と心配はしてくれても、
咎められたりすることはありません。

牧師先生は、礼拝で説教をして下さるのですから、
日曜日には万難を排して、講談に立たれているのだと思います。
職業としての信仰人生。
苛酷だろうな、といくら想像しても、きっと実際は
何倍も、何倍もの厳しさがあるのだと思うのです。

昨日、私達の教会の牧師先生はお休みでした。
説教には、他教会の専任伝道師の先生が来て下さいました。
これはこれで、いつもとは違う礼拝に、また違った感動がありました。
教会に通い始めて、何年か過ぎましたが、始めて経験することだったのです。

お休みを取られた先生が、仕事を離れて
きっとリフレッシユされた、と想像しています。

仕事にお休みがあるように、牧師先生にもお休みは不可欠だと思います。
お休みをしたからといって、信仰に変わりがあるわけではありませんし。
たった1回のお休みを取るために、
さぞかし大変な下準備や祈りがあったのだろうな、と想像しますが・・・
私は、良い事だと感じています。

遅ればせながら、日曜日に開かれる
お子さんたちの運動会、とか学校行事には
参加されたことがあったのかしら?などと想像したりしました。

働き方改革。
牧師先生にも必要だ、と私は思っています。







にほんブログ村 60代主婦

にほんブログ村 住まいブログ 一戸建 注文住宅(業者)へ
にほんブログ村

にほんブログ村 家族ブログへ
にほんブログ村


09:00  |  信仰  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2018'07.23 (Mon)

ベテスタ゛の池



昨日の礼拝後の集まりでは、ベテスダの池のお話について話しあいました。

その水が動いた時に、真っ先に水に浸かれば病が治る、
というペテスダの池。(間欠泉だったのではないか、と言われています。)
だからその池の周りには、たくさんの病人が集まって身を横たえていた、
と聖書には書かれています。
その中に38年間、そこに居続けた、男の人が居ました。

まずは38年前、自分は何をしていたか、ということを話しました。
結婚した年、中学生だった、産まれて居なかった、最初の子どもを出産した年、
などなど。でも、みんなでその長さを実感することができました。
当時、病気や貧困など不幸なことは、神の裁き、と考えられていたから
この男性は、肉体的な苦痛だけでなく、社会的にも、宗教的にも
分断された、非常に厳しい状況に38年間置かれていた、ということを
先生から教えていただきました。

このお話、イエス様はこの男にこう尋ねたのです。
良くなりたいか。
当たり前のことではないか、と思ったのですが、
この男は、はい治りたいです。癒して下さい、とは言わなかったのです。
動けないのに、誰も私を真っ先に水の中に連れて行ってくれる人がいないので、いつも先を越されてしまうのです。
というのがこの男の答えでした。

治らないのを人のせいにしている姿。
こんな長い間の不幸は自分のせいではない、と言わんばかりの返答。
そして長い時間の中で、病人で居ることに安住してしまっている姿。
その男の姿の中に、新たな1歩を踏み出せない人間の姿があるように思いました。
もう改善のしようがない、とそこに居続ける人間。

この男の心の奥を見透かして、イエス様が言った言葉は、
床を取り上げて歩きなさい、という言葉でした。

そして男は立ち上り、歩いて行った。

単に奇跡の物語、と読んでいた私ですが、この物語の奥には
永らく固執、限定していた人の心を動かし、感情を蘇らせた物語だったのでした。

イエス様の言葉は、
人のせいにばかりしていないで、自分で努力しなければダメ、自己責任だよ。
(これ、どこかの国の政府のようですね。)
という冷たいものではなかっただろう、とテキストには書かれていました。
一緒にやっていこう、という励ましと愛に溢れたものに違いない、と言うのです。
私が助けるから、一緒にやってみよう。
この想いが根底に無い限り、人を動かす生きた言葉にはならないのではないか。

この男の人は、本当に人生の1歩をふみだしたのだ、と感じました。



有意義な時間を皆さんと共有できた、話し合いの時間でした。

今週も、暑さに負けないで、頑張りましょう。












にほんブログ村 60代主婦

にほんブログ村 住まいブログ 一戸建 注文住宅(業者)へ
にほんブログ村

にほんブログ村 家族ブログへ
にほんブログ村


08:52  |  信仰  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2018'06.05 (Tue)

教会でコンサート

礼拝の後、教会でオーディオコンサートというのがありました。
ライブ演奏ではないのですが、スピーカーなどの機材が持ち込まれ
セッティングも前日から準備をされたそうで、
家で聴くのとは全く別物の素晴らしいものでした。

選曲も私達の教会のためにして下さったもので解説付きでした。
そして解説者は、作曲者の方。なんという贅沢!
録音の時の苦労話しや
作曲する時どのようなところに苦労されたのか、
どんな気持ちで作曲されたのか
直接お話しをうかがった上で鑑賞したのです。
1枚のCD、1曲ができあがるのに、
とてもたくさんの想い、努力がつまっているのだ、と知りました。

主の祈り、というお祈りがあるのですが、
これにメロディーを作曲された時のお話が印象に残っています。

お祈りの中に、
我らの日用の糧を今日も与えたまえ
という言葉があるのですが、
豊かな日本で暮らしていて、
日用の糧に困ることはイメージしにくいかもしれません。
でも、このお祈りの言葉は、本当に切実な祈りなのだ、と話されました。
3.11の震災で、水も食糧も、生活に必要な物も、全て失われてしまった時、
日用の糧、そしてこのお祈りの切実さをしみじみ感じられたのだそうです。
それで、このお祈りにメロディーをつけられたのだそうです。
祈りの言葉は歌詞ではないので、とてもご苦労されたそうです。

私はこの主の祈りの賛美歌が好きです。
ひとつひとつの言葉は人が生きて行く上で本当に切実なものだと感じます。
それだけあれば生きていける、究極。
それがやさしい美しいメロディーに乗って心に響くのです。

帰りに、CD5枚セットを大人買いしました。
嬉しいな。
家事をする時に聴いています。

しみじみ心に残るオーディオコンサートでした。






にほんブログ村 60代主婦

にほんブログ村 住まいブログ 一戸建 注文住宅(業者)へ
にほんブログ村

にほんブログ村 家族ブログへ
にほんブログ村


12:03  |  信仰  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2017'12.25 (Mon)

クリスマスの教会

23日(土)は教会のキャンドルライトサービス。
24日は教会のクリスマス礼拝と午後から感謝会がありました。

DSC_1238a.jpg

1年の残りもわずかになり、先生のお説教も心に沁みました。
2000年前のクリスマスの出来事を今もこうして
世界中でお祝いしていることが、
なんだか改めて不思議にも思いました。

DSC_1234b.jpg

キリスト教は愛の宗教、と言われますが、
愛のメッセージを身近な家族や友人に伝えていける、
そんなクリスマスでありたいと思いました。
戦火や政治的な混乱、弾圧、困難な状況にある
全ての人に、愛と平安がもたらされますように。

昨日の午後からは、みなさんとの食事会でした。
教会堂を片付けて、椅子とテーブルをセツトしてお昼をいただくのです。
皆さんの差し入れのケーキやサラダ、などなど、とても美味しかったです。
子どもたちの歌もあり、和やかな時間でした。
最後は、クワイヤのハレルヤコーラス。私も歌いました。
DSC_1240c.jpg

夫も一緒に出席してくれて、一緒に食事をいただき、片付も手伝ってくれました。
孫のすこやかな成長を祈り、また息子夫婦の旅路が幸せなものであるように、
二人で祈れたのも、私にはとても嬉しいクリスマスでした。

世界中の子どもたちに幸せがありますように。





にほんブログ村 60代主婦

にほんブログ村 住まいブログ 一戸建 注文住宅(業者)へ
にほんブログ村

にほんブログ村 家族ブログへ
にほんブログ村


16:47  |  信仰  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2017'12.11 (Mon)

アドベント

昨日、礼拝に出席して、綺麗に飾り付けられた教会堂に、
クリスマスを待つアドベントに入っているのだと実感しました。
慌ただしく暮らしていて、余裕がなくなっていたようです。

DSC_0315b_201712111829297a5.jpg

静かに、牧師さんのメッセージを聞き、
自分と対話することは、全てをリセットし、原点に立ち返る大切な時間です。
孫が産まれた事や、この1年のあれこれを思い出して、静かに祈りました。
皆さんでハレルヤコーラスやクリスマスメドレーなどの合唱の練習もしました。
そして、リコーダーの練習も。いよいよ近づいてきて、本当に真剣でした。

私たちが受けている大きな恵みをクリスマスには
周りの方にも届けたいものです。
きらびやかなプレゼントよりも、寄りそう心を伝えたい。

親しい方たちに、クリスマスカードをお送りしたいな、
と思い教会から帰って来ました。

今週も落ち着いて、頑張りましょう。
・・・私は、もう出産のあたふたが無くなったので、
少し気が楽になりました。










にほんブログ村 60代主婦

にほんブログ村 住まいブログ 一戸建 注文住宅(業者)へ
にほんブログ村

にほんブログ村 家族ブログへ
にほんブログ村


18:29  |  信仰  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | HOME |  NEXT