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2019'06.17 (Mon)

自分と友達になる

新しい1週間が始まります。
週の初めに教会に行き、礼拝を守り、心静かに自分と向き合うのは
自分をリセットして、歩み始めるのに大切な時間だと思います。

昨日の説教は、ひときわ私の心に響きました。
詩篇がテキストでした。
困難のさなか、悲嘆に暮れるダビデ王が
神に向かい、なぜ私を見捨てているのですか。
私のこの声が聞こえないのですか。
と問いかけつつ、また自身に対して
私は何を恐れ、おじ惑っているのか、と自問しているのです。

なんでこんなひどい目に合うのか。
こんな人生は望んでいない。私の願いなど届かない。
産まれてこなければ良かった。早く死にたい。

そう思う時は、ありままの気持ちを祈りにぶつければよいのだ、
というお話がされました。
ダビデ王のみならず、聖書の中には、
悲惨な状況で、神に向かって怒り、慟哭している場面が
たくさん出てきているように思いました。

そしてそんなに時、少し視点を自分から離して
自分自身と対話してみては、とも話されました。
何を悲しんでいるの、自分。
何がそんなに困難なの? 私さん。

自分の声をよく聞き、共感して認め、褒め、慰めるのだそうです。
辛い状況で、本当に良く頑張ったよね。
私はなかなか良くやっているよ。と。

そして、次に、どうしていけば良いのか、
自分にアドバイスしてみるのだということでした。
その大前提は、
あなたに意地悪したり、困らせたり、
悲しませたりするようなことは、神はなさらない。
ということだと語られました。

大切なのは、辛いこの状況をどう受け止めるのかということ。
そうして、慟哭し、自分で自問し、励ましたり落胆したりしつつも
毎日を過ごしていけば、そんな時間の積み重ねから、
トンネルを抜けていることに、ふと気づくこともあるのだ。

そんなお話でした。

信仰、神という視座が無いままに
自分との対話を繰り返していけば
僻みを募らせ、世間に怒りが向かい、
自分だけの負のループに陥りかねない、
そんな風にも感じます。いびつな自分にはなりたくありません。

辛いのはあなただけではない。
誰の人生にも試練がある。ダビデ王だって
品行方正だったヨブにだって。

涙を流しながら歩く道だって、無駄、無意味なことは無い。
前を向きましょう。


励まされる思いがして、教会から帰ってきました。






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10:55  |  信仰  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2019'02.26 (Tue)

土曜日に見た映画

土曜日に映画を見ました。
牧師といのちの崖」という映画です。
白浜の自殺の名所に、電話番号を掲げて、
自殺に来た人たちの保護活動をしている牧師さんのお話でした。

考えさせられる映画でした。

事情は人それぞれですが、お金に行き詰まり
家族との関係が絶たれ、職場での人間関係にもつまずいて
孤立を深めて、すねて自暴自棄になり、言い訳を重ねて・・・
そして凝り固まってしまう人たち。
死にたい、死のう、と思うまでの過程は様々だけれど、
一筋縄では解決なんてできそうにもありません。

昔は、親も居ない、お金も全くない、
そんな人たちが多かったけれど、今は、親もいるけれど
関係が断ち切られている。周りに人は居るけれど孤独
そんな人が多い。教会が、その人たちの帰れる家でありたい。
実家になら、なれないだろうか。

諦めないで、寄り添う

そういう気持ちで共同生活を支え、自立のための
お弁当屋さんを運営している牧師さんご夫婦でした。


保護したのに、自殺をしてしまった方もいました。

その時の牧師さんの言葉が印象に残ります。

神様が、もう終わり、と言わない限り、命は終わりにはならない。
神様が、もう終わりにされたのだ、と思う。

天が下のすべて事には季節があり、すべてのわざには時がある。
生まるるに時があり、死ぬるに時があり・・・
旧約聖書の伝道の書の一節が思い浮かびました。


本を購入して帰ってきました。
撮影された監督がご挨拶をされて、本にサインをいただきました。

厳しい道を歩かれている牧師先生のために
祈りを捧げました。









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09:40  |  信仰  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2018'11.09 (Fri)

渋谷で映画

水曜日に、渋谷で映画を見てきました。
「パウロ」です。

ローマの牢にとらわれているパウロを
ルカが訪ね、パウロの言葉を書き写す。
それが新約聖書の使徒行伝になったのだそうです。

ローマのネロの弾圧に暴力で対抗しようとする若者に
解決の唯一の方法は愛である、と説いていました。
争いからは解決はみちびかれない。
そこでコリント前書の愛の教えが語られました。

また、弾圧されて疲弊し、苦しむキリスト教徒たちの祈り
我らの日用の糧を今日も与えたまえ、
我らを試みに合わせず、悪より救いだしたまえ・・・
という主の祈り。
そのシーンも感動的でした。
毎日の食べ物をお与え下さい、という祈りは本当に切実なものです。

また、ルカが書いたパウロの言葉を、信徒たちが書き写すシーンもありました。
あのようにして、聖書が出来て、広まったのだ、と思うと
今、私たちが簡単に入手できることに改めて、有り難いことだ、
という思いを抱きました。
 
牢にとらわれ八方ふさがり、自由の無い中で行われた
使徒行伝の執筆。

映画の最後に 今、困難の中にある、すべての人に贈ります。
というテロップが流れました。

迫害の中でも絶望しない。
前を向き続ける。
パウロの信仰の強さを感じました。

宗教色の強い映画ですが、クリスチャンでなくても
見ごたえがあると思います。
渋谷のヒューマントラストシネマ。おすすめです。

(水曜日は割引になる、と思って出かけたのですが、
シニアは水曜じゃなくても割引でした。
予想に反してずいぶん人が入っていて驚きました)







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18:02  |  信仰  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2018'10.29 (Mon)

マルタとマリア

昨日は礼拝の後、女子部の学びの会がありました。
題材はマルタとマリアです。

イエス様が家に立ち寄った時、一生懸命におもてなしをするために
立ち働いていたのがマルタ。
イエス様の足元に座り、話を聞きいっていたのがマリアです。
忙しく立ち働いていたマルタが遂にプッツン。
イエス様に、マリアにも手伝うように言って下さい。
と直訴するのですが、イエス様の答えは
大切なことは一つ。マリアはそれを選んだのですよ。
とお答えになった。(マルタとマリアは姉妹です)

かいつまんで書くと、こういう内容の話です。
女性の会ですから、み~~~んなマルタ派。
マルタの怒りは私の怒り、というような反応でした。

私もそう思いました。
マリアに言わないで、イエス様に言いつけたのだって、
言って手伝ってくれるなら、とっくに頼んでいる。
やってくれないから、イエス様に叱って欲しくて言ったのだ・・・
と私は思いました。

女性は、みんな同じ思いをしているのですね。
イエス様の時代からこの図式は変わらない。
なんてこったい!!

でも、私なりに、イエス様の答え、大切なことは一つ
という言葉には、思い当たるものもありました。

自分の勝手な思い込みで、一人頑張っている部分が
あったのではないか、と。
こんなに頑張っているのに、わかってよ。
といくら思ってみても、わかりっこない。
人は自分じゃないのですから。マリアとみんな同じなのです。
かつての私は、まったくマルタと同じ思いを
日々積み重ね、繰り返し、遂には噴火してうつ病になったのでした。

大切なことは一つ。
無理なことは無理、と言い、やらなければ困るから、日常が回らない
という気持ち、思い込みに突き動かされない。
自分が健康で楽しく在ることが何より大切なのだから。

当時の私を支えてくれた言葉

*変えられるものを変える勇気を、変えられないものを受け入れる冷静さを、
そして両者を識別する知恵を与えたまえ

*私の幸せは人に左右されない。

*人生は楽しむためのもの。

*群れない。慣れない。頼らない。

人を変えることはできないけれど、自分が変われば良いのだ。
と思い定めて、少しずつ、少しずつやってきたのです。

大切なことは一つ。

でも、マルタの気持ちは、すごくすごく良くわかります。
マルタさん、あなたの気持ちは私の気持ち。
癒しがあったのだ、と思いたいです。







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14:24  |  信仰  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2018'10.14 (Sun)

今日の礼拝で

礼拝の初めには、いつも賛美歌を歌います。

歌詞は、プロジェクターで大きく映し出されるのですが、
その係をして下さっている方が視線に入りました。
また、子ども礼拝に出席する小学生の男の子の横に座り
何くれとなくお世話して下さっている方もいます。
今年ご主人を亡くされて、一人で席に付かれた方・・・
みんな、みんな、いつもと同じです。
そして今朝もいつものように賛美歌を歌ったのですが、
何故だか特別、今日は胸が一杯になり、涙がこぼれそうでした。

全員が、幸せ一杯で、悩みも苦しみも無く、心軽やか、
というわけではありません。

生きていてくれさえすれば、と思って祈っています。
というような重篤な病気の家族が居る人、
経済的な困難や仕事の困難、人間関係。
ありとあらゆる試練に、クリスチャンだってさらされているのです。
倒れそうになりながらも、どうにか自分を奮い立たせて
1週間を過ごし、集う礼拝です。


皆さんの、忍耐強くおだやかないつもと変わらぬ姿が
格別、胸にしみたのかもしれません。

日々起こる全ての事を受け入れて、粘り強く生活していく。
希望を失いそうな時にも、辛いです、助けて下さい、
と叫びながらも、絶望しない。
そんな皆さんの信仰が、賛美歌を通して、胸に迫りました。

教会員どうし、兄弟姉妹、という言い方をしますけれど、
本当に、皆さんと神の家族なのだ、と感じました。

倒れても、助け起こし、道に迷った時は、
明りをともして導いて下さる。
そんな、私の大切な家族なのだという思いがこみ上げました。



This is my command: Love each other.
これが私の命令です。互いに愛し合いなさい。
ヨハネの福音書15-17







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