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2015'04.21 (Tue)

傷ついたまま、泣きながら

教会でいただいたプリントに、
カール・ヒルティの言葉が印刷されていました。

「若い時代に苦労して運の悪かったような人は・・・
恵まれた成功した中年時代をもつことになるものだが、
さて晩年に雲がかからぬかといえば、これはなかなかむつかしい」

人生論という著作に出ている言葉だそうです。
プリントには、人生、生きるということは単純にいかない、
ということだけれど、これはマイナスを意味しない、とも書かれていました。
複雑な人生の事情、どうしてなの、と思うような厳しい現実に直面しても、
それを受け止める者の態度、行動次第で、人生は変わってくる、というのです。


今、返事が書けずにいるメールがあります。

こんなことがあって良いのか、というような理不尽な苦労を
婚家先でさんざん重ねて居た友が、永年言えなかった言葉、
ありがとう、を婚家先に伝えられてほっとした、という内容のメールでした。

なんで有難うなのよ!! と私は憤りを感じたのです。
友の気持ちを推し量ることができず、返す言葉がみつからなかったのです。

そのプリントには、こんな言葉も書かれていました。

大きな課題は傷ついて<考え続ける>ことではなく、それをそのまま<生きる>ことである。
悩んでいるより泣く方が良い。・・・傷はみな子どもだと考えることだ。
傷・子どもがわめきちらして仕返しをしようと考えている限り、傷は次々に増える。
けれど傷・子どもが親にやさしく抱きしめてもらえば痛みにも耐えて・・・

ヘンリ・ナウエンという方の本からの引用だそうです。

理不尽さをわめきちらして仕返しを考えたり、
どこかで威張って存在価値をみせつけようとしたりは、
防衛本能なのだろうし、そうしなければ生きていけないような、
悲しいところを持っているのが人間の現実だけれど、
悲しみ、苦しみはそのまま受け取って、
泣きながらそのまま生きるという選択。
どちらも自分で選べるのですね。

友は、悲しいよ。苦しいよ。
と泣きながら、神に祈り、泣きながら生きてきたのかもしれません。
何故、と考えず、ひがみもせず、誰をも恨まず、
ただ、辛いです、と泣きながらそのままを生きる生き方。
その長い時間の果ての境地なのかもしれない、とふと思いました。

あの結婚が無ければ、子どもたちに巡り会う事は無く、
働き続けるという選択も、現在の彼女の境涯も、無かったのかもしれません。

ありがとう、という言葉の重み。
婚家先の人たちに、もたらされた一滴は、
どんな波紋をひろげていくのでしょうか。
おだやかな、まんまるい波紋が広がりますように。
それがやさしく広がってくれますように。

あとで、返事を書いてみようと思っています。






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