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2015'06.02 (Tue)

5月最後の礼拝で

先日の日曜日、5月最後の礼拝で説教に立たれたのは
私の高校時代に、牧師さんでいらした先生でした。
長い年月、教会で牧師さんをして、今は
私たちと同じように、一緒に礼拝に出席されています。
先日は、特別メッセージを下さいました。

説教に立つということは、自分が丸裸になるということです。
自分の生きざま全てが白日のもとにさらされて、壇上に立つのです。
とおっしゃっていました。

お話は、人生の困難、苦難についてでした。
なんで自分がこんな目にあわなければないのか、
という辛い経験は、無いに越したことは無いけれど、
誰にも起こること。クリスチャンとて同じことで
理不尽で辛い経験をしないで済む、ということではないのです。
試練に遭遇した時、深い悩み、苦しみの中に居る時、
それに埋没してしまうのではなく、
どう生きるのか、どうやって乗り越えるのか、
聖句を示して話して下さいました。

「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。
神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、
試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。」
コリント人への手紙第一第10章13節

それから、ロマ書の12章の聖句も示されました。
望みをいだいて喜び、患難に耐え、常に祈りなさい。 12:12
喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。12:15
悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい。12:21

洗礼を受けただけでクリスチャンとは言えないのだ、と自戒と共に思います。
どう生きるべきか。どう人生の困難に向き合っていくか。深く反省させられます。
耐えられないような試練に合せることは無く、逃れる道も用意されている、
というのはなんと大きな励ましでしょう。

こう解決して欲しい、こうなれば良い、と自分の望みばかりを言い募るか、
投げやりに諦めてしまう私。
けれど、望みをいだいて喜び、耐えながら、
喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きながら生きること。

聖書の言葉を道しるべに、遠く及ばない自分を包み隠さず、祈りながら、
粛々と、1歩でも半歩でも前に進めるように励もう、と思いました。

そうして、生ききりたいと思いました。




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