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2015'11.25 (Wed)

都立高校改革のニュースを聞いて

都立高校改革の一環として、7校ある進学重点校の1校に、
医学部進学に特化したプログラムを行う課程を新設するのだそうだ。
クラスをまたいで「チームメディカル」と呼ばれる生徒のグループを作り
医療関係者との交流や病院での職場体験も行いながら
医学部の試験に対応した小論文や面接など、
専門の指導を行うことにしているとのこと。

そして、10校ある中高一貫校の1校では、
科学技術分野で活躍する人材を育成するために、
6年間を通じて系統的な理数教育を進めるそうで、
中3年でアメリカでの海外研修も行う「理数アカデミー」
と呼ばれるプログラムも新たに始めるのだそうな。

このふたつの取り組みへの率直な感想。
医学部進学予備校みたい。または、職業訓練校か?
6年間を通じて、と言っても、小学校を卒業したばかりの子どもを
科学技術分野で活躍する人材として選別してしまうの?
違和感が一杯。
大学の文系学部軽視と根っこは同じじゃないのかな、とも感じる。

どんな道に進もうと、その選択や学問への扉を開いて行く
基礎となるのは幅広い分野にまたがる教養だと思う。
その裾野の広がりが、学問の世界でも、その後の人生でも
根っこになって、豊かに人生を支えてくれるのじゃないか。
と私は激しく思うのだ。
私の母校は中高一貫校へと変わってしまった。
でも小石川教養主義を掲げていて、
文系の進学希望者でも理系の科目が必修で、
理系の進学希望者でも、文系科目が必修だったりする。
それで良い、と思っている卒業生は多いと思うけれど、
週刊誌では、そういう伝統が受験勉強の効率をさまたげ
足かせになっている、なんて書いてあるものもあった。

こういう方向に進んで行って、行きつく先はどこなのだろうか。

母校で私の同期、小田嶋隆さんの近著「超・反知性主義入門」に、
こんな一節がありました。

 「私自身は都立高校の出身だが、自分の出た高校に対して、
同じ時代の都立高校の人間に共通する、ある特別な感慨を抱いている。
すなわち、自分の中にある野放図な性向は、
あの時代の都立高のあまりにも自由な校風に由来するもので、
自分がタガの外れた人間に育ってしまったのは、あの3年間のせいだと考えているということだ。
が、それでもなお、私は都立共学高に通底する、放牧場のようなだらしのなさに強烈な愛着を抱いており、
それゆえ、私どもは、自分たちの子供をなんとか都立高に入れようとするのである。」
「私はせめて高校生の諸君には、思う存分にズルけてほしいと思っている。
高校は、不思議な場所だ。時間軸に沿って考えると、高校時代は、
中年期を過ぎた人間にとって、ほとんど唯一のファンタジーの供給源ということになる。
実際の高校生活がどうであったにしろ、『高校時代の自分』というセルフイメージが、
年をとってからの人生を支えている。」


長男はギリギリ、私の経験した母校の匂いの中で高校生活を送り、卒業していった。
間に合った、と安堵したのは私のノスタルジアなのだろうか。

今の在校生が卒業し、年月を経た時に、どんな思いをいだくのだろう?





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Comment

人間的な個人の成長より、国を担っていける専門家の育成に力をいれるのでしょうね。
バッチ | 2015年11月30日(月) 22:29 | URL | コメント編集

★Re: バッチさんへ

専門家にこそ、豊かな教養を求めたい、と私は思います。
jtstj | 2015年12月01日(火) 10:14 | URL | コメント編集

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