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2018'07.23 (Mon)

ベテスタ゛の池



昨日の礼拝後の集まりでは、ベテスダの池のお話について話しあいました。

その水が動いた時に、真っ先に水に浸かれば病が治る、
というペテスダの池。(間欠泉だったのではないか、と言われています。)
だからその池の周りには、たくさんの病人が集まって身を横たえていた、
と聖書には書かれています。
その中に38年間、そこに居続けた、男の人が居ました。

まずは38年前、自分は何をしていたか、ということを話しました。
結婚した年、中学生だった、産まれて居なかった、最初の子どもを出産した年、
などなど。でも、みんなでその長さを実感することができました。
当時、病気や貧困など不幸なことは、神の裁き、と考えられていたから
この男性は、肉体的な苦痛だけでなく、社会的にも、宗教的にも
分断された、非常に厳しい状況に38年間置かれていた、ということを
先生から教えていただきました。

このお話、イエス様はこの男にこう尋ねたのです。
良くなりたいか。
当たり前のことではないか、と思ったのですが、
この男は、はい治りたいです。癒して下さい、とは言わなかったのです。
動けないのに、誰も私を真っ先に水の中に連れて行ってくれる人がいないので、いつも先を越されてしまうのです。
というのがこの男の答えでした。

治らないのを人のせいにしている姿。
こんな長い間の不幸は自分のせいではない、と言わんばかりの返答。
そして長い時間の中で、病人で居ることに安住してしまっている姿。
その男の姿の中に、新たな1歩を踏み出せない人間の姿があるように思いました。
もう改善のしようがない、とそこに居続ける人間。

この男の心の奥を見透かして、イエス様が言った言葉は、
床を取り上げて歩きなさい、という言葉でした。

そして男は立ち上り、歩いて行った。

単に奇跡の物語、と読んでいた私ですが、この物語の奥には
永らく固執、限定していた人の心を動かし、感情を蘇らせた物語だったのでした。

イエス様の言葉は、
人のせいにばかりしていないで、自分で努力しなければダメ、自己責任だよ。
(これ、どこかの国の政府のようですね。)
という冷たいものではなかっただろう、とテキストには書かれていました。
一緒にやっていこう、という励ましと愛に溢れたものに違いない、と言うのです。
私が助けるから、一緒にやってみよう。
この想いが根底に無い限り、人を動かす生きた言葉にはならないのではないか。

この男の人は、本当に人生の1歩をふみだしたのだ、と感じました。



有意義な時間を皆さんと共有できた、話し合いの時間でした。

今週も、暑さに負けないで、頑張りましょう。












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