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2011'12.17 (Sat)

甘えられる人・私の事情

平凡な日常の繰り返しではあっても、
日々生活していると、いろいろなことがある。
何かの瞬間に、自分を取り戻したい、
どこかに逃げ込んで、少し休ませてもらいたい、
そんな気持ちになることがある。

そんな時、人はどうするのだろう?

高齢であっても、親がやっぱり最後の砦なのではないだろうか。
親子ともども、暗黙のうちにそう思っているから、
おれおれ詐欺が成立するのじゃなかろうか。
子どものためなら、何も惜しまない。ですものね。

高校時代に父を亡くして以降、
私には、親が居なくなってしまった、と感じていた。
母親との確執やいろいろな事情があってそうなってしまったのだが、
甘えない、羨ましがらない、諦める、
所詮、一人ぽっちなのさ、みたいな気持ちが
心の奥深く、私の底流としてあったのだと思う。

でも、そんな私に伯父が手を差し伸べてくれた。
チビスケ3人を育てながら、どうしても、
日曜日に東京医大で開かれていた勉強会に申し込みをしたかった私は
子どもたちをどうすることもできず、途方に暮れて、諦めかけていた。
9時から1時、時には3時までだったように記憶している。
その時、助けてくれたのが、母ではなくて、母方の伯父だったのだ。
早朝3人引きつれて四谷の伯父の家に行く。
朝食は済ませ、着替えにおもちゃ、絵本、お昼のお弁当、お菓子etc
自分のテキストや筆記用具の他に大荷物をかついでの出発だった。
終わると脱兎のごとく、迎えに行ったら・・・
私のお昼を用意してくれていて、3人床屋に連れて行き、
新宿御苑で遊んでくるから、昼寝でもしておいで、
と伯父、伯母は本当にやさしかった。
独立したばかりで、土日無く仕事をしていた夫に
夕方迎えに来てもらい、一緒に夕食までご馳走になったことも、
何度もあった。
私の甘えられる人。
本当に疲れてしまったら
伯父さんのところへ行こう、そう思えた人だった。

でも、その伯父も去年亡くなってしまった。

しみじみ、淋しい。
けれど、もう親に甘ったれたい、などと言う年はとっくに過ぎている。
しっかりするからね。
葬儀の時に、涙と共にそう思った。


さっき、今度は父方の叔母から手紙が届いていた。
母親のこと、そして今年我が家におこった出来事、
身内の病気のことなど、耳にしたのではないか、と思われた。
事細かに伝えてはいないのだが、胸に響く手紙だった。

私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。
途方にくれていますが、行きづまることはありません。
そんな聖書の言葉と共に、
鳥の歌をモチーフにしたタペストリーが完成したから、
お雑煮を食べがてら見にいらっしゃい。
と書かれていた。

父がたの親族と、母はいろいろないきさつであまり行き来がなかったのだけれど、
ここに来て、そう、母が認知を患って、また行き来することができるようになったのだ。

お雑煮を食べに、タペストリーを見に、
そして甘えに行きたい、と思ってしまう私。
感謝しています。
ありがとう。




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テーマ : 日常雑感 - ジャンル : ブログ

10:53  |  我が家・家族・自分のこと  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

受けた御恩を決して忘れないjtstjさんなのですね・・・
今日のお話、心に残りました。
とろろ | 2011年12月18日(日) 01:09 | URL | コメント編集

★Re: とろろ様へ

コメント、有難うございます。

忘れない、というか忘れられないくらい、有難かったのです。
伯父の助けと温かさの前に、私も素直に甘えられて
のうのうと昼寝させてもらったこともありました。

叔母の手紙も今の私の心に沁みました。
それでまた頑張らなくちゃ、と思えるのです。

自分も親になり、息子たちにとっては、どんな親なのだろう?
自分の親子関係を思うと、少し痛みも感じる私です。
jtstj | 2011年12月18日(日) 10:24 | URL | コメント編集

>甘えない、羨ましがらない、諦める、
>所詮、一人ぽっちなのさ、みたいな気持ちが
>心の奥深く、私の底流としてあったのだと思う。



そんな感じありました。
だから、甘えられる相手を早く見つけ、結婚も早かったのだろうなと思っていました。



社長はいつも落ち着いていて、オレが支えてやるよってな感じですものね。




私も同じような経験があります。



結婚、出産のあと復職するまでには色々あり、卒後10年ぐらいして、大学の卒後講座を受けました。
私も母と確執があり、子供二人を私の父にあずけて出席したことがありました。
いっしょにファミコンをして過ごしたそうですが。
その時アカデミックな時間を過ごせたことにとても満足し、久しぶりに気分が高揚したことを覚えています。




保育園の友達にあすかってもらったこともありました。
「身内より近くの他人」のほうが親身になってくれると母親の非情さにがっかりしたこともありました。



一番下の子が2歳ぐらいの時にも私の父に預けたことがありましたが、「ずっと泣いていて困っちゃったよ。」といわれたこともありました。



専務は高校の時にお父さんを亡くされたけれど、優しいおじさん、おばさんがいてよかったですね。

バッチ | 2011年12月18日(日) 20:51 | URL | コメント編集

★Re: バッチさんへ

本当に長いつきあいになりましたね。

専門職をそれなりに続けて、まっとうしようと思うと、
本当にたいへんなことがいっぱいありましたね。
綱渡りみたいだったと思います。
これから続く人たちには、悲壮な覚悟じゃなくて楽しく
職業と育児の両立できるようになればいいな、と思います。

でも、助けてくれる人も必ず現れて、綱を渡り切れたのだと思っています。

ところで、結婚が早かったのは、親に文句を言われずに、
好きなように登山したかった、というのもあるのですよ。
でも、現実は厳しくて、なかなか行けませんでしたけれど。

若くて、本当におバカな甘い見通しでした。
jtstj | 2011年12月19日(月) 09:16 | URL | コメント編集

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